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April 2024

世界初の量産化で無限に広がるナノファイバーの可能性

  • A4用紙1枚よりも軽いナノファイバーマスク
    Photo: 金翼水
  • ナノファイバーを使用して作られたアウトドア製品の数々
    Photo: 金翼水
  • ナノファイバーの大量生産に向けた開発の様子 Photo: 金翼水
  • ナノファイバーの大量生産のヒントとなった鹿威し
  • 花粉やウイルスを99%以上シャットアウトするマスクのイメージ
    Photo: 金翼水
A4用紙1枚よりも軽いナノファイバーマスク Photo: 金翼水

マスクにすると花粉やウイルスを99%以上シャットアウトする夢の繊維、ナノファイバー。困難とされてきた量産技術の確立によって、超極細、100nm(ナノメ-トル)*の繊維の用途は医療用から食品、衣料からエネルギー分野まで無限に広がりつつある。

ヒトの髪の毛の500分の1の細さという超極細繊維ナノファイバー。例えばナノファイバーを使って作られたマスクは、通気性を確保しながら水分は通さず、ウイルスや花粉、pm2.5など、人体に悪影響を及ぼす0.3µm(マイクロメートル)**サイズの粒子を99%以上ブロックすることが可能だ。

長い間生産が難しいとされてきたナノファイバーの大量生産を可能にしたのは、信州大学の金翼水(キム イクス)教授の研究室である。信州大学は日本で唯一繊維学部を有する大学で、その設立は1910年にさかのぼる。当時の長野県は蚕糸の一大産地で、信州大学はもともとは官立の上田蚕糸(うえださんし)専門学校としてスタートしたが、1949年に学制改革により信州大学繊維学部として発足した。今日に至る114年の歴史の中で、繊維学部は糸を紡ぎ、糸から生地をつくり、更に製品に仕上げる技術の科学的な発展を脈々と培ってきたのである。

ナノファイバーの大量生産に向けた開発の様子 Photo: 金翼水

2010年、金教授は世界で初めてナノファイバーの大量生産プラントの開発に成功した。その生産手法のヒントは、日本庭園で見かける鹿威し(ししおどし)***であったという。注射針のようなノズルからではなく、角度をつけた"針"の先端にいろいろなポリマー****を流しながら高電圧をかけ、静電気力でポリマーが引き延ばされ細い繊維をつくる。「弓矢の時代にロケットをつくった」と評されるほど画期的な発想であった。

ナノファイバーの大量生産のヒントとなった鹿威し

この大量生産プラントのナノファイバーを原料として最初に製品化されたのは、花粉症に対応したマスクであった。2011年の東京マラソンでは、通気性の良さからマスクをつけて走るランナーから好評を得、2014年には、噴火した御嶽山(おんたけさん)*****の火山灰への対応として、金教授の研究室は地元の小学校にナノファイバーマスクを提供した。コロナの発生時には、さらにウイルスをブロックする機能を高めたN95クラスのマスクを開発し、同研究室は長野県庁や日本看護協会******に5万6千枚寄付した。2022年には「コロナ禍に貢献したナノファイバーマスクの実用化」によって文部科学大臣表彰科学技術賞(開発部門)を受賞している。

花粉やウイルスを99%以上シャットアウトするマスクのイメージ Photo: 金翼水

通気性に優れたナノファイバーの用途は、医療用はもとより、アパレルのスポーツ用品やアウトドア製品、車両用のベント、糖度向上と収穫前のリスク低減のための果実の保護袋など、さまざまな分野に広がっている。大量生産体制が確立した現在、金教授の研究室には、さまざまな企業から共同開発の依頼が数多く寄せられている。

ナノファイバーを使用して作られたアウトドア製品の数々 Photo: 金翼水

ナノファイバーは、SDGsとも親和性が高い。洗って繰り返し使うことができる特徴を有することから製品の廃棄を削減することもできる。

このように、ナノファイバーの大量生産技術は、私たちの生活を豊かにする大きなポテンシャルを持っており、よりよい未来を築くための画期的な技術と言えよう。

* 1nm=10-9メートル (m) = 10億分の1メートル
** µmは、1メートルの百万分の一に相当
*** 竹筒に細く水を流し、竹筒に水が溜まると重みで竹筒が傾き水がこぼれる。軽くなった竹筒がもとの位置に戻る時に、石などを勢いよく叩き音響を生ずる仕組み
**** 分子量の大きい分子で、その科学構造が基本的に重合体(規則的な繰り返しの構造単位でできているもの)を指す
***** 長野県と岐阜県の県境に位置する活火山。2014年9月の噴火では、死者・行方不明者が63人にのぼる被害が出た
****** 看護職の資格を持つ個人が自主的に加入して運営している、日本最大の看護職能団体